運動処方ってなんですか?
Exercise is medicine. ―運動は治療(薬)である―
以前、運動は治療(薬)であるというお話をしました。運動には健康上のメリットが多数あることがわかっています。運動することは体の代謝を高めるので、余計な脂肪の沈着を防ぎます。また運動は自律神経やホルモン分泌を調整することで、高血圧や糖尿病を始め、さまざまな生活習慣病の改善が期待できます。体重が減る、血圧や血糖値がさがるなど、各因子が相乗的に動脈硬化の進行を抑えて、将来の心臓病の予防につながります。
アメリカ心臓病学会(AHA)が一般市民向けに、心臓病予防のためのウォーキングブックを出したのは1997年、今から30年前に遡ります。また「脳を鍛えるのは運動しかない」という著書のなかで、アメリカのレイティ博士が、ストレスに晒された現代人のうつや、高齢化に伴って増える認知症の予防に運動が役立つことを解説したのは2008年で、今から20年ちかく前のことです。
ところで、運動が治療(薬)であるというからには、ただ思いついたときに走ったり、ジムで筋トレをしたりというのでは処方にはなりません。血圧や糖尿病の治療薬には飲み方にきまりがあるように、運動にも、1どんな運動を(運動の種類)、2どのくらいの強さで(運動強度)、3一回に何分くらい(運動時間)、4一週間に何回ほど行ったらよいか(運動頻度)の目安があり、これを運動処方の4要素と言います。
中等度とは有酸素レベルの運動のこと
たとえば、血圧の高い患者さんには、「ウォーキングのような有酸素運動を、息が軽く弾む強さで、一回に30分以上、週に4回を目安に行ってみてください」、とアドバイスするのが医師の運動処方です。息が軽く弾むというのは、運動強度でいうと自身の体力の中等度、40%~60%くらいの強さにあたり、1時間くらいは同じペースのウォーキングを継続できる余裕があります。壮年期の人であれば、ウォーキング中の平均心拍数が毎分120回くらいで、自覚的には歩いていて、幾分楽かちょっときついというレベルでしょう。
これが、いわゆる有酸素ゾーン(中等度の運動)と言われるものです。その特徴は、呼吸によって酸素を十分体内に取り込むことができ、脂肪、特に内臓脂肪の燃焼効果を高める一方、交感神経を過度に刺激しない負荷レベルです。血圧の高い方には継続しやすく、メタボを予防し、かつ心血管系に過度のストレスをかけない安全な運動でもあります。体力の40-60%と強度に幅をもたせているのは、その日の体調に応じて、疲れていたり寝不足の日は、目標心拍は毎分120回でなく110くらいにとどめ、自覚的には少し軽めで歩いてください、という含みをもたせています。
この含みがあるというのが運動処方のみそで、患者さんの主体性が尊重されるポイントでもあります。私たち医師は外来で高血圧の患者さんの診察をして、運動の効果を判定し、運動の有効性が確認できれば降圧剤を減量することもあります。一方、患者さんは自宅で血圧を測っていると、運動を開始して一週間もすると血圧値が下がって安定してくるので、運動の治療効果が実感でき、これが運動のモチベーションアップにつながります。
運動はいつ行ったらよいのか。運動処方の5番目の要素とは
さて、運動の4要素という話をしましたが、それに加えて5番目の要素があるということがわかってきました。一日の中で運動はいつ行ったらよいのかという質問は、患者さんからよくいただきます。これまでは「夜はランニングやウェートトレーニングなど強い運動は控えて、交感神経を刺激し過ぎないようにしましょう」とか、「良好な睡眠をとるために、夕刻以降は軽めの有酸素運動にとどめ、就寝前は心地の良いストレッチを行ってください」などとお答えするくらいでした。運動の実施は十分な休息がとれていることが前提条件になるので、よい睡眠をとることはとても大事です。
しかし、運動する目的に応じて、朝、夕のどちらで行ったらより効果的か、という視点が注目されてきたのは、食事と同様、運動も行うタイミングによって体内時計に変化が生じることがわかってきたからです。たとえば、朝の運動は血圧を下げるので、高血圧の人は朝のウォーキングがよいとされていますが、夜間に血圧が低下しにくいタイプの高血圧患者さんには、夕の運動が有効である可能性が示唆されています。また、朝にくらべて夕方の運動は筋肉の肥大をよりおこしやすいことがわかっており、糖尿病の患者さんが、インスリン感受性を改善すべくウェイトトレーニングを行うのは、夕刻が効果的かもしれません。このようにテーラーメイドな運動処方を考えるうえで、第5の要素がいま注目されています。